連載コラム12 – 顧客管理のデジタル・トランスフォーメーション « ミッドランド税理士法人(豊田)

連載コラム12 – 顧客管理のデジタル・トランスフォーメーション

 

 

 オレにこのペンを売ってみろ

 

これは映画『ウルフ・オブ・ウォールストリート』でのレオナルド・ディカプリオ演じる元株式仲介人のジョーダン・ベルフォートのセリフです。ベルフォードはポケットからペンを取り出し、あるトップセールスマンの販売力を試そうとして、このセリフを口にします。このペンを売るための基礎となる情報が顧客情報であり、それを管理する手法が顧客管理(CRM : Customer Relationship Management )です。

第12回:顧客管理のデジタル・トランスフォーメーション

少し抽象度を落とし、具体的に考えていきましょう。取引という行為には、いつ・どこで・だれが・なにを・いくらで・いくつ 買うのか、という要素が含まれます。これらの総称が Point of Sales 、つまりPOSです。「オレにこのペンを売ってみろ」 という設題で表現されている取引には、いつ=今、どこで=ここで、だれが=買い手であるベルフォートが、何を=このペンを、いくつ=目の前の1本、というところまで決まっています。決まっていないのは、いくらで、つまり価格という要素です。ここが決まれば、ペンは売れるのです。

では、価格という要素は、どうやって決まっていくのでしょうか。一般に、商品の価格は需要と供給で決まります。需要とは、個人や企業などが市場において交換・販売を目的として提供されている商品やサービスをこの価格でこれだけ購入したいと考えることであり、供給とは市場で交換・販売を目的として自己の所有物をこの価格でこれだけ提供したいと考えることです。その需要と供給がバランスする点を市場価格といいます。高い価格の商品やサービスは、高い需要に対して少ない供給しかなく、安い価格の商品やサービスは、低い需要に対して高い供給がされています。つまり、売るためには、「このペン」の供給情報、例えば、新商品であり、ボールの滑りがよく、手によく馴染む、という商品情報の訴求だけでは足りず、買い手が「今」「ここで」「この1本のペンを」たとえ高額であっても取得したいと思える理由(需要)が不可欠なのです。その理由は買い手それぞれに異なります。ペンを忘れた、恋人にプレゼントしたい、大事な書類のサインのため、それぞれで異なる需要です。

売り手目線に立てば、仮に商品がペン1本でも、それをより高く売りたいと考えます。そうすると、ペンが1本だけ(あるいは1本でも)欲しいという需要に対して供給する仕組みと、この顧客ごとの需要に関する情報が必要になります。この顧客の情報は、すべてのマーケティングや営業の基礎となるものです。顧客管理なしでは、効率のよい収益事業は難しいと言えます。

(映画の中で実際にペンが売れたのか、についてはネタバレになりますので、ここでは記載しません。YouTube 映画や、Amazon で視聴できますので、ご自身でご確認ください。)

 

 

商品志向から人間志向への変遷

先程の例では、需要と供給という経済学上の言葉で価格を考えましたが、顧客管理という手法を理解するために、これを事業活動における2つの志向性の違いとして整理しておきたいと思います。すなわち、商品志向と人間志向です。商品志向とは、商品(なにを)を取引の中心に捉える考え方で、商品の機能(モノ)を重視します。人間志向とは、ユーザー(だれが)を中心に捉える考え方で、ユーザーにとっての体験(コト)を重視します。

例えば、あるユーザーが、洗濯機に不具合があってコールセンターに電話した、という場面を想定してみましょう。

 

商品志向の洗濯機メーカーは次のように問いかけます。

「仕様書を確認します。ご利用の商品の品番をお知らせください。」

 

人間志向の洗濯機メーカーは次のように問いかけます。

「お客様の購入履歴を確認します。取引番号 または、お客様番号をお知らせください。」

 

一見、大差が無いように見えます。しかし、大きな違いに繋がっていきます。一つはそのコールセンターとの対話の時点でのお客様の体験(コト)の差、もう一つはその先にある洗濯機メーカーの商品(モノ)の改善の差です。

 

まず、お客様の体験(コト)の差を見てみましょう。

そもそも、この手の不具合というものは、商品単体に起因する問題(設計ミスなど)と、商品の使い方、つまり商品とユーザーの組み合わせで発生する問題(意図しない方法での利用、禁止された方法での利用など)とがあります。実際に洗濯機などの家電製品においては、『仕事が忙しいために洗濯は土日にしかできず、手間を削減するために、この洗濯機の推奨洗濯容量を超えた服を洗濯している』などの商品とユーザーの組み合わせで発生する問題が少なくありません。

しかし、商品志向では商品の番号を聞いています。つまり、話の中心は商品であり、商品単体に起因する問題にフォーカスを当てています。情報としては、商品情報が親となる情報で、不具合情報はそこに紐付けられる子となる情報です。『洗濯容量*リットルのAという製品において、***という不具合が生じた』という形で情報が記録されます。顧客との紐付けはなく、商品管理の延長に位置します。よって、今後の事業活動への示唆としては、「Aという商品の広告やマニュアルに記載する推奨洗濯容量の文字は、赤文字にし、もっと大きく表記する」というものになるでしょう。

また、当然ながらコールセンター側の質問は、『商品のどのボタンを押したのか』、『商品はどう設置されているのか』、『商品の操作パネルにはどのような表示がでているのか』、という趣旨のものになります。お客様は、ご自身の問題が解決されていくプロセスというよりは、質問攻めにあうような印象を得るかもしれません。

一方で、人間志向では取引の履歴に繋がる番号を聞いています。つまり、話の中心はお客様であり、そのお客様が購入した商品という構図で、商品についても付帯的に確認をしています。情報としては、顧客情報と商品情報のそれぞれが親となる情報で、不具合情報はその2個の情報の子となる情報です。『Xさんが利用する、Aという製品において、***という不具合が生じた。』という形で情報が記録されます。よって、今後の事業活動への示唆としては、「忙しいあなたのための まとめ洗い洗濯機。泥汚れも一緒に洗えて、自動で乾燥もできます!」という商品開発に繋げていくことができます。人間志向では、セールスやマーケティングも人間(お客様)を中心に進んでいきます。

コールセンター側の質問は、商品志向のものに加えて、『ご家族は何名か』、『泥汚れのついた衣類を洗うことはあるか』『洗濯頻度はどの程度か』なども聞いてきます。お客様は、ご自身の問題に寄り添った印象を受けると思います。

今や、ひとり1台以上の情報端末を持っている時代であり、その端末を通して様々な情報を取得しています。顧客は日々賢くなり、商品やサービスに対する要求は厳しくなってきています。しかし、環境がいかに変化しようとも、企業はその顧客からの要求に応え続けなければなりません。商品開発オタクになり、高機能な商品を開発し続けるだけでは勝ち残っていけません。顧客がもっている課題を収集し、分析し、解決しなければなりません。そのためには顧客管理は避けて通れない経営課題です。

さて、例え話を中心に顧客管理の概要や、その経営への活かし方について触れてきましたが、顧客管理をしていくには実際どのような機能が必要なのか整理してみましょう。

 

 

顧客管理の対象となる情報

顧客管理をする目的は、商品やサービスを売ることであり、顧客に喜んでもらうことです。利益であり、CSであると言えます。また、顧客が喜ぶことで社員の満足度も向上するので、ESにもつながると言えます。そうすると、必要となる情報は、この顧客は何を買うのか、どうすると喜ぶのか、そのためにどのような販売をするのか、などです。それらは、顧客 × 商品やサービス × 社員 の組み合わせで構成されますが、ここでは顧客に焦点を当てて話を進めます。

(この分野は、STP分析というマーケティング手法として整理されていますので、ご興味のある方は書籍等をお求めください。)

顧客管理の対象となる属性情報(セグメント情報)には、主に以下の3点があります。

 

1. 人口統計的な切り口(デモ・グラフィック変数)

年齢、性別、家族構成、所得、職業、教育水準、世代、国籍、社会階層など

 

2. 地理的な切り口(ジオ・グラフィック変数)

国や地域、総人口、人工密度、気候、風土、文化的背景、交通機関の発達状況など

 

3. 心理的な切り口(サイコ・グラフィック変数)

ライフスタイル、趣味嗜好、興味関心、価値観、購買意向(動機)など

 

 

目的を達成するために必要な属性情報は、業種や業態によって異なります(業種毎に異なる基本情報については、このシリーズの3本目で触れることにします。)。また、その情報をどのように活用するかは、事業者が自身の目標や計画に応じて個々に考える必要があります。しかし、顧客管理は経営管理の基本的な機能の1つであり、すべての事業者にとって、効率が良く品質の高い事業活動のためには顧客管理が不可欠であると思います。

今回は、顧客管理の基本的な概要を整理してみました。次回は、顧客管理の効果効能について、事業活動の効率・品質・価値にどの様に貢献するのか、顧客管理と、その後工程にある販売管理や生産管理との関係性、経営への情報提供について考えたいと思います。

コロナ禍での経済的な影響は、すべての事業者の計画や戦略を見直すきっかけになっていると思いますが、まだ顧客管理に取り組めていない方は、これを機に検討を進めていただき、すでに取り組んでいる方は、その精度の向上やさらなる活用にお取り組みいただければ幸いです。

 

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